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紙の使用は環境に悪いのか?

=安定した需要が林業の支えに=

2018年04月26日

地球環境

主席研究員
則武 祐二

 「自然素材からできているので安心・安全です」
 「リサイクル原料からできているので環境にやさしい商品です」

 買い物に行くと、こんな宣伝文句をよく目にするのではないだろうか。常識的な内容に見えるが、もしテストで「正しいかどうか〇☓で示せ」と問われたら、私は☓を選ぶ。

 前者については、そもそも自然素材で毒性がないものは水ぐらい。自然物でも人工物でも、使い方を誤れば安全なものはない。逆に、使い方さえ誤らなければ、人工物でもほとんどのものは安全に利用できる。

 例えば、肺がんなどの原因になり、世界で年間10万人以上の死者を出すとされるアスベスト(石綿)も自然の鉱物だ。日本でも山によってはハイキングコースで見ることができる。知らずに触れている方も多いかもしれない。

 これは植物素材についても当てはまる。すべてが人に優しいかというと、毒性のあるものは意外に多い。一部の芥子(けし)の実から取れるアヘンは、精製して医療用モルヒネとして使えば有用だが、麻薬として乱用すれば人体にはもちろん社会にも有害だ。

 リサイクルについてはどうだろう。これも常に正しいとは言えない。確かに、採掘を続けると枯渇する金属資源などは、再利用が重要になる。しかし、回収や再資源化に多くのエネルギーを要する場合は、かえって環境に悪いケースもある。

 もちろん、捨てられた後で「マイクロプラスチック」になって海洋生物に害を与えるのを防ぐため、回収を進めることには意味がある。ただし、これも環境負荷とのバランスを考えて慎重に進めるべきだろう。

 環境問題は分かりやすいイメージで語られることが多い。しかし、自然は社会や経済と複雑に結びついており、一見正しそうな答えに意外な落とし穴が潜んでいることは少なくないのである。

 実は、「紙の使用は森林破壊につながるから止めよう」というスローガンもその一つだ。一見、非の打ち所がなさそうに見えるが、答えはそう単純には出せない。無制限に使えば問題が生じることは明らかだとしても、「紙を使うことが森林保護につながる」という側面も実際にあるからだ。

 世界の森林面積は2015年時点で約40億ha、うち93%を天然林が占めている。その3分の1に当たる約13億haが、自然界において長年の遷移(変化)を経て、最終的に安定な状況になった原生林だ。※1

(出所)国連食糧農業機関

 森林面積は1990年からの15年で1億ha超減った。減少率は約3%と低いように見えるが、日本の面国土の3倍強に当たる。

 これが問題になるのは、森林が自然や社会の中で大きな役割を果たしているからだ。主なものだけでも、次のような役割がある。

・CO2の吸収
・水源のかん養
・山崩れ、風、津波等の被害防止
・レクリエーション等の保養
・生物多様性の維持

 このうち生物多様性の維持については、単一の樹木から成る人工林が果たす役割は小さいが、他の面では天然林とそれほど変わらない。空気中のCO2を吸収して蓄積する働きなどは、安定した状況になっている原生林より大きいとも言える。

 天然林が減ってきたのは、建材などを得るための伐採が進んだためだ。これに加え、自然現象が原因で消失することもある。環境の変化で樹木が枯れたり、火災で焼失したりするケースだ。

 伐採や災害で天然林が失われると、植林などで再生されることなく農地や工業用地などに転換されやすい。森林という土地の利用法は、他の用途に比べて金銭的利益を生みにくいからである。これが世界で森林が減少している理由の一つだ。裏返せば、森林が経済的な価値を生むのであれば、天然林が失われても植林されて人工林に置き換わるだけで、森林全体の面積は減らないことになる。

 では、森林が生み出す経済的価値とは何だろう。木材の主な用途は建材、燃料、紙(パルプ)の3つだ。こうした需要があれば森林は利益を生むため、農地などに転用されにくくなる。

 中でも紙・パルプ用の木材は低所得国での利用が多い薪炭用などと比べ、付加価値が高い。紙の需要が大きければ、天然林が失われても人工林に置き換える誘因(インセンティブ)が働きやすくなる。これが「紙を使うことが結果として森林保全につながる」仕組みだ。

 人工林は材木を切り出したあとも再び植林され管理される。人工林からの資源供給が安定していれば、天然林の野放図な伐採にもブレーキが掛かるだろう。

20180427.jpg紙用の植林木(インドネシア)
(写真)筆者

 もちろんこれは、「紙を使えば使うほど森林保全につながる」という意味ではない。ただ、これまでと同程度の安定した紙需要が、林業の支えになることは確かだ。

 「持続可能な森林経営が行われているか」「原生林には、人の手が入らないようにしているか」「地域住民との紛争は起こしていないか」―といった点に注意して、森林資源を利用することは、必ずしも環境保全に反するわけではない。発電に使う木質バイオマス用なども含め、適切に管理された人工林から得られる木材をどう活用していくかは喫緊の課題なのである。


※1 国連食糧農業機関が作成した「世界森林資源評価2015第2版」から引用

則武 祐二

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